深川の親水公園

徳川家康が江戸入りをした1590年の東京は、海や低湿地が多かった。
下の地図は、当時の様子を表しています。

地図の赤が陸地、青が海、白が低湿地です。
この頃は、現在の皇居付近まで、海(日比谷入江)が入り込んでいました。

現在の東京深川は、地図の右側(東)の白で表した低湿地と青の海のエリアに相当します。
おおよその目安として、今の永代橋以南の深川は海だった、と考えると解り易いです。
 ※「隅田川を歩く」を参照願います。

 

1590年の東京

 

江戸時代以降、江戸(東京)は埋め立てが進み、舟路として多くの川も開削されました。

深川の小名木川は、下総行徳(千葉県市川市)での塩の製造を命じた徳川家康が、その塩を江戸に搬入するために開削させた川です。

この小名木川は、現在も、旧中川と隅田川を東西につなぐ川として残っています。
また、当時、中川から小名木川に入る地点には、船の積み荷をチェックする関所(中川船番所)がありました。そのときの様子は、「中川船番所資料館」で今も体験することが出来ます。

江戸時代、運河として活躍した川の中には、仙台堀川のように、その役目を終え、埋め戻された川もありますが、その多くは、今、親水公園として多くの人に親しまれています。

今回紹介する仙台堀川公園と横十間川親水公園を、上の地図上に示すと、点線で囲い深川の親水公園と記したところになります。丁度、小名木川の南につながる親水公園です。

現地案内板

 

仙台堀川公園と横十間川親水公園は、木々に囲まれ、水が豊富なため、多くの野鳥が生息しています。仙台堀川公園では、オナガを見ることが出来ます。

オナガ

 

仙台堀川公園と横十間川親水公園の交差部には、「野鳥の島」と「ボート乗り場」があります。

奥中央「野鳥の島」、手前「ボート乗り場」

 

「野鳥の島」

 

「野鳥の島」の小鷺(コサギ)

 

「野鳥の島」の樹上で、ヒナに口から餌を与えるアオサギ

 

「野鳥の島」は、四方が水で囲まれているため人が上陸できません。
したがって、毎年6月頃には、野鳥が巣を作り、卵を産み、子育てする光景を間近に観ることが出来ます。

仙台堀川公園では、川鵜が濡れた翼をバタバタさせて乾かします。

川鵜

 

小名木川に接する横十間川親水公園の最北端にある「水上アスレチック」では、子供たちが遊びます。

「水上アスレチック」

 

横十間川親水公園の最南端に位置する「生物の楽園」には、メダカやカメやコイや野鳥が生息し、木陰で人々がくつろぎます。

「生物の楽園」

 

今回、ご紹介した深川の親水公園は、人がデザインし、建設したものです。
あなたなら、あなたの住む街に、どんなに素敵で豊かな公園を建設したいでしょうか?

<弘>

 

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