現場の思い出「 赤坂のホテル建設 」

昨年、即位の礼晩餐会で海外の来賓を招いて食事会を催した大宴会場が、ホテルニューオータニ「鶴の間」である。テレビ映像で壁面の鶴の装飾を目にすると、1980年4月から一年間働いた新人時代の現場の思い出が蘇る。

4月1日の入社式の後、新入社員は全員熊谷の自衛隊で一週間の研修の後、それぞれの現場に赴任した。そのときの私の現場が、ホテルの大宴会場他新築工事である。

私が着任した1980年4月は、1階部分の躯体工事(建物の骨組の工事)だったと記憶している。新築中の建物は、最終的には本館と接続される。この大宴会場を含む新築部分は、階数で言うと5階(一部8階)建ての建物だった。

大宴会場は、その4~5階部分に位置し、およそ30mの大スパンにプレストレストコンクリート大梁を架けている。この大梁はVSL工法を採用し、梁成(梁の高さ寸法)は1500mm程度だったと記憶している。

VSL工法とは、その鉄筋コンクリート造の大梁の中にシース管*を設置し、コンクリートが所定の強度を発現した後に、シース管の中にストランド*と呼ばれるワイヤーを挿入し、緊張し、そのストレスにより大空間を可能にする工法である。

シース管の高さは大梁端部が上端に中央部が下端の位置に丁度吊り橋を吊るワイヤーのような位置関係にあるから、中に通したストランドを緊張すると大梁の中央付近は若干上部方向に持ち上がる。したがって、クラック*を発生させないため、スラブ*にも通常配置しないような斜め方向の補強のための鉄筋を配置した。

また、シース管設置のための架台の設置は、現場の常傭鍛冶工*で行った。
私は、現場の先輩から溶接の火花を直視しないように助言されていたが、溶接作業中にも多くの時間立ち会ったため、世の中が白く光って見えた。ストランド緊張の際には、私が卒業した大学の同じ研究室の大先輩だった技術研究所の最上さんが立ち会ってくれたのも思い出深い。

この宴会場の上部躯体となるVSLの工事期間が丁度夏場だったので、その熱さと青空と白い火花と白く見えた世の中とVSL関連工事そのものの思い出が重なっている。

写真は、当時(1980年7月24日)に撮影した配筋写真である。
今は見ることは無いが、当時は夏の作業着は半袖のものも着用できた。

黒板の文字から、屋上の梁スラブのうち、通り芯*B-C間・9-10間に位置する小梁B4Aの配筋写真であることが解る。今はIPADなどを使って配筋写真を撮影するから、隔世の感がある。

今も赤坂を歩くと、当時と同じく渋く黄金色に光るその外壁を目にすることが出来るのは、建設が束の間の消費物ではなく、いつかは無くなるとは言えほぼ永遠なものであるからであり、記憶と記録に残る仕事と言われる所以である。

(弘)

 

用語
シース管 プレストレストコンクリート(応力を加えたコンクリート)工法において、コンクリート打設時にシース管内部にコンクリートが流入しないこと、及び、所定の位置を保持することを目的とし、コンクリート硬化後、その内部にストランドを通して使用される金属性のチューブのこと
ストランド 鋼線をより合わせた束のこと。
クラック ひび割れを指す建築用語で、建物の外壁・内壁、基礎部分などにできる亀裂やひび割れを指す。
スラブ 鉄筋コンクリート造の、上階と下階の間にある構造床のこと。
常傭鍛冶工 常に雇っている鍛冶屋の職人のこと。一日の決まった日当で働く職人。常傭の反対語は請負(うけおい)で、こちらは仕事をこなした数量×単価で給与が支払われる。
通り芯 平面の基準となる線のことで、通常、柱の中心線(X方向、及び、その直交方向となるY方向)をさす。

 

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